5.Speak Good English Movement

5-1 Speak Good English Movementとはなにか
5-2 これまでの経過
5-3 シラバスの改定
5-4 今後の展望
この章の参考文献


5-1 Speak Good English Movementとはなにか
          

 最後に、
2000年に始めれられたばかりで、現在まさに進められている政策である、Speak Good English Movementについて考えていきたい。この運動の基本的な目的は「Singlishとして知られているシンガポール英語が外国人に通用しないとの理由で、学校では正しい『標準英語』を教えるべきだ」(本名2000:41)というものである。

5-2 これまでの経過 

 この運動のきっかけとなったのがゴー首相が1999年8月にナショナルラリースピーチで行った以下の演説である:

    Most of our pupils still come from non-English speaking homes. For them, English is really a second language, to be learnt almost like a foreign language, and not their mother tongue. For them to master just one version of English is already quite a challenge. If they get into the habit of speaking Singlish, then later they will either have to unlearn these habits, or learn proper English on top of Singlish. Many pupils will find this too difficult. They may end up unable to speak any language properly, which would be a tragedy.
  Gurmit Singh can speak many languages. But Phua Chu Kang speaks only Singlish. If our children learn Singlish from Phua Chu Kang, they will not become as talented as Gurmit Singh. We learn English in order to communicate with the world. The fact that we use English gives us a big advantage over our competitors. Parents send children to English language schools rather than Chinese, Malay, or Tamil schools, because they hope the children will get jobs and opportunities when they grow up. But to become an engineer, a technician, an accountant or a nurse, you must have standard English, not Singlish.
  We don't have to speak English with British, American, or Australian accents.... I therefore asked TCS to try persuading Phua Chu Kang to attend NTUC's BEST classes, to improve his English. TCS replied that they have spoken to Phua Chu Kang, and he has agreed to enrol himself for the next BEST programme, starting in a month's time. If Phua Chu Kang can improve himself, surely so can the rest of us.
(
http://www1.moe.edu.sg/speeches/1999/sp270899.htm)  

人気テレビ番組の主人公、Phua Chu Kangを例にとりあげている。ゴー首相は、Phua Chu Kangが番組内で話している英語が標準英語ではなくSinglishであるため、若い世代が彼を真似てSinglishを話すことを「格好いい」と思うのを危惧しているのである。一方、弟であるGurmit Singhは多言語を話す能力を有している。首相は、子供達にはPhua Chu Kangではなく Gurmit Singhのようになってもらいたい、そう語っているのだ。

 この演説を契機とし、以前より他国民から「わかりづらい」と批判されることが多かったSinglishを排除し、“標準英語”を話すことを目標とした、このSpeak Good English Movementと呼ばれる運動が始まった。
 このSinglishという言葉は、シンガポールで話される口語英語であるS
ingapore Englishを縮めて創った造語である。語呂がいいこともありシンガポール内外で広く用いられている。また、シンガポールの言語に関する文献の多くがこのSinglishを扱ったものであることからもわかるように、その統語的特徴も個人に依存するのではなく、普遍的で体系的な構造をもっている。文法的には他のピジンやクレオールと同様に、シンガポーリアンがシンガポールで使う上で便利なように簡略化されている。語彙や音声の面においては母語からの干渉をうけ現在の独特な姿が形成された。

 しかし、この運動が始まる前からも、Singlishに対して、シンガポール
国内でも意見が分かれていた
 
Even within Singapore, the term Singlish is often used with negative overtones, to mean little more than 'poor English.' Indeed, the term has ever been extended to refer to 'poor' local versions of other languages.
(Brown 1999: vi)
 
このようにSinglishに対し、一見
否定的ともとれる意見がシンガポール国内でも少なくはない。前述のように、「わかりにくい」という他からも批判されるように、けして英語の正しい姿とは考えていないようだ。とはいえ、Singlishを完全に否定している訳ではない。次に紹介するのはシンガポーリアンのSinglishに対する素直な気持ちだ: 
 
I use Singlish primary because it's funny and lends a certain local flavour to the language in that it makes it more interesting to hear. Also, I use it abound with] others to break through some social barriers sometimes. It tends to make others feel more comfortable as compared to when I speak “proper” English. Also for emphasis on certain points I wish to make but only in social circumstances [i.e., in informal social interactions], not for serious meetings. I find that a lah here and there always helps things along.
(Ho 1999: 15 [ ]はHoによる注釈である)
 
ここで注意しなければならないのが、彼が
Singlishと“proper” Englishを場面に応じて使い分けていることである。これはここで引用した彼だけはなく、若者を中心に多く見うけらる事象である。つまりシンガポールは二言語変種併用社会(ダイグロシア, Diglossia)だということだ。

 このように、Singlishには批判的な意見もあるものの、シンガポール国内では一定の役割を果たしてきた。正式な場面では“標準英語”を使用し、仲間と打ち解ける場面ではSinglishを用いるという具合に使い分けもなされてきた。 

 この運動が具体的な形として表れたのが、2000年に政府系の編集で出版された Grammar MattersシリーズやSpeak well. Be understood.である。同年に、民間からもSinglish to Englishが出版され、その全てが
Singlishの文法的な誤りを正すことを目的として編纂されている。
 だが、これは90年代に行われていた英語教育と相反しているように思える。1991年改訂にシラバスが改訂され、それまでの文法指導中心から内容重視のものになっており、それに合わせ、教科書も以前のような基本文型の反復練習中心のものから、場面や内容を重視し、4技能の言語活動を主眼においたものに替わっていた:  

Grammar that is taught as discrete items does not help learners to communicate efficiently or appropriately. Instruction in the grammar component of a language should be undertaken in context and according to learners' need....learning the rules of grammar alone does not make one proficient in using language...the correctness of a grammar item or a particular may depend on the context...grammar should be taught meaningfully through tasks and activities relating to a topic or some communicative function.
(Ministry of Education 1991: 2, 54)  
 
5-3 シラバスの改定

 そのため、この運動の行方としてシラバスの改訂が注目されていたのだが、2
001年後半に政府は小学校、中学校両方の新しいシラバスを発表した。一見して明らかになる特徴は、以前のシラバス以上に、各学年における具体的な学習目標が提示されている点だ。特に文法指導に関しては、  

Knowledge of grammar and how it functions contributes to effective language use. The study of grammatical features and lexis is closely related to the study of text types. Grammar and lexis contribute to the meaning of a text.
(
http://www1.moe.edu.sg/)
 
として上で、文法項目毎に指導学年を具体的に明示している。この背景にはSpeak Good English Movementの目的である、'proper' Englishの習得には
適切な文法的知識がかかせない、との考えがあることが読み取れる。

 シラバスに続き、これに則った新しい教科書も出版されているようだ。しかし、この章を書いている段階で私はこの教科書を入手していない。そのため憶測ではあるが、シラバスやGrammar Mattersシリーズの内容から考え、教科書自体も文法指導を重視したものになったものと思われる。
 
5-4 今後の展望

 前節において、この運動のこれまでの経緯について考察してきた。もちろん、この運動の是非を問うには
時期尚早である。そこで、最後にシンガポールにおける英語の役割についてあらためて考えていきたい。

 これまで考察してきたように、現在の二言語政策では
英語が最重視されている。また、すべての小、中学校の教育言語が英語になっている。もちろんこれは、国際言語としての英語の役割を考慮してのことあるが、それと同時に、英語の持つ中立性も忘れる訳にはいかない。シンガポールでは今でも英語を母語とするのはごく僅かである。そのため、母語話者が多い福建語や華語を共通語とするのとは違い、少数派の排除、多数派の優遇とはならない。つまり、英語は国民統合の言葉として機能しているのである。実際、英語は外国人と話すため、というよりもむしろ、国民相互の意思疎通に用いる国内言語としての機能している。この結果、国内で使用し易いように独自に発達したのが現在のSinglishなのだ。

 Speak Good English Movementが始まって以来、シンガポール内外でこの運動の是非が話題になるとき、必ず議論の対象になるのが
Singlishの国内言語としての働きである。もちろん、運動の結果「標準英語」が日常的なものになる可能性も否定できない。だが、
前述のシンガポーリアンの発言からも分かるように、多くのシンガポーリアンがSinglishに愛着をもっている。様々な人種が混在する小国において、このSinglishをもちいることが、
シンガポーリアンとしてのアイデンティティの表れなのではないだろうか。
 
  シンガポールの言語環境を語るとき、やはりその中心となるのは英語の役割である。Englishという語には本来複数形はないが、今日では、各地で用いられる変種を考慮に入れ、
Engliehesと表現することも多くなった。社会言語学者の本名信行がその著書で繰り返し述べてきたように「お国訛りの英語」があってもいい、私はそう思っている。これには2つの理由がある。1つはシンガポールのように「独特の特徴を持つ英語を話すことによってシンガポーリアンとしての帰属意識を高める」という理由があるからだ。もう1つは、日本のように英語が外国語である場合、「完璧な英語」ではなくともいいので、相手とのコミュニーケーションの道具として最低限の機能を果たせばいいのではないか、そう考えるからだ。

 小渕政権時に話題になった「
英語第2公用語論」(6.英語第2公用語論参照)。その時頻繁に比較対象にあげられのはシンガポールであった。このことからも明らかなように、シンガポールは言語政策や英語教育に関して我々に多くのことを示唆してくれる。我々日本人もシンガポールの言語政策の行方を見守りつつ、「英語とはどのような言語であろう?」、「英語を学ぶ目的は何であろう?」という、根本的でかつ重要なこの命題について考えていく必要があるのではないだろうか。


参考文献

本名信行. (2000)「アジアの英語事情6―シンガポールの場合」,『英語教育』, 9月号: 40-41,
        大修館書店
Ho, Main Lian. (1998), “Forms and Functions of Republication in Colloquial Singaporean English”  Asian Englishes vol1 No.2, Tokyo: ALC Press, 5-16
Ho, Wah Kam. (1998), “English Language Teaching in Southeast Asia: Continuity and
     Change” Asian Englishes vol.1 No.1, Tokyo: ALC Press, 5-30
Brown, Adam. (1999). Singapore English in a Nutshell - An alphabetical description of its features, Singapore: Federal Publications
Ministry of Education. (1991), English Language Syllabus (Primary), Singapore:
     Ministry of Education
Vj Times Editorial Team,. (2000). Singlish to English: Basic grammar guide, Singapore:
       Vj Times International Pte Ltd.
Ward, Chiristopher S., ed. (2000). Grammar Matters : Talking about things, Singapore :
       SEAMEO Regional Language Centre                   

      


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