c.新しい英語の教科書の特徴

教科書発行の民間移行
 シンガポールの公立の小学校では1980年代には、基本文型の反復練習に主眼をおいたNESPE (New English Series for Primary Education: Pan Pacific Publication(s) Pte Ltd, 1981, 1982) が英語の授業に用いられていた。しかし、1991年にシラバスが改訂されたのに伴い、それ以降はこのシラバスに基づいて編集されたPETS (Primary English Thematic Series: SNP Publishing Pte Ltd, 1991 ) が用いられてきた。このPETSの特徴をHo, W. K. (1998) は、

… the PETS series was created to meet and demands of the late 1990s on literacy …. The instructional package for PETS … was designed to provide a balanced programme using a variety of approaches and strategies to develop response and learning responsibility on the part of the students at all grade levels. (1998: 22)

と分析している。NESPEとは異なり、このPETSには文法指導を顕在的に行うページは設けられていない。もちろんこれはシラバスに掲げられているように、文法は実際の言語活動の場を想定した活動などを通して習得していくことを意図したものであった。

 しかしSpeak Good English Movementの方針はこれと逆行するため、一連の児童向けの文法書の出版やシラバスの改訂に続き、2000年から2001年にかけCelebrate English!、Celebrate、English!、Treks、In Step の4種の教科書が相次いで出版された (2006年現在、Treksの販売は終了している)。
 
 これまでの教科書は、保健と音楽を除き、基本的にすべて国の手により編集が行われていたが、1998年に発表された教育省の方針により、教科書作成に関する国の権限が大幅に民間に移され、2001年以降に出版された教科書からは、民間会社が作成し、教育省の認定を受けたうえで発行する形がとられることになった (社会科、公民・道徳教育及び母語(中国語、マレー語、タミール語)は引き続き教育省が発行している)。シンガポールの学校では、イギリスを中心に諸外国の民間出版社が発行する教科書も使用されているが、これらの教科書も事前に教育省の認定を受けることが条件となっている。なお、初等中等学校の教科書はすべて有償であり、2種類以上の教科書が発行される教科(科目)の場合には、、生徒の能力、コースの性格などを考慮して、学校が適切な教科書を採択することになっている。

Celebrate English! : Pearson Education Asia Pte Ltd ,2000
In Step : SNP Pan Pacific Publications(S) Pte Ltd, 2000
My Pals are Here!: Times Media Private Limited, 2001
Treks : SNP Education Pte Ltd.

教科書の構成について
 一見して明らかになる特徴は、読み物教材の長文化や、それに伴うページ数の大幅な増加である(表参照)。また、音声指導を目的としたページも増えている。特に、In STEPではPhonicsも取り入れている。

 

教科書の総ページ数

 

Treks

In Step

My Pals are Here!

Celebrate English!

PETS

NESPE

1A

84

95

94

152

82

52

1B

89

102

96

132

78

60

※1A:1年生上巻、 1B:1年生下巻

これには、Singlishには独特な訛りがあり、そのため外国人には理解しにくいと批判されることが少なくないことも背景にあると考えられる。他の特徴としては、文法指導を目的としたページも新しく各課に設けられたことも主だった特徴である。文法項目の配列は各教科書それぞれであるが(Appendix参照)、文法の扱い方には様々な工夫が凝らされていることがわかる。まず、NESPEのように単純な反復練習にならぬよう、文脈のある本文中で各文法項目が提示されている。比較構文などはイラストなどを効果的に用い、比較の対象が分かりやすくなっている。同じ項目が繰り返し扱われていることも注目に値する。
 また、NESPEや日本の中学校用教科書が既習の文法項目のみを用いて本文が作成されているのとは異なり、文法指導のページ以外は既習事項にとらわれることなく本文が編集されている。つまり、文法指導のページは新出文法の指導のためというよりも重要事項の再確認の意味合いが強くなっている。語彙の扱いに関しても同様のことが言える。もちろん、教室以外では英語に触れる機会がほとんどない日本とは異なり、シンガポールでは日常的に英語を見聞きすることもこのような編集方針をとった理由の一つであろう。そのため日本の教科書と比較することはあまり意味をなさないが、これらの変更点は現行のシンガポールの教科書を語る上で欠かすことができない特徴である。


Appendix  各教科書における文法項目の配列

My Pals are Here! 1A 1B
 
  1   名詞 9  名詞の数え方(食料品)
  2  固有名詞    There is, There are〜.  
    人称代名詞 10 現在進行形  
     名詞    一般動詞(have, has)  
     不定冠詞の使い分け(母音)    形容詞  
  3  文頭の大文字    助動詞(may, may not)  
    接続詞and    疑問詞(What, Who)   
    一般動詞(現在形) 11  一般動詞(3人称単数現在)  
  4 場所を表す前置詞    命令文  
    人称代名詞(主格)    固有名詞(地名)  
    許可を表す表現    許可を求める助動詞(May)  
  5 人称代名詞(所有格)     場所を表す前置詞  
    形容詞 12 人称代名詞(所有格)  
    一般動詞の否定文     順序を表す副詞  
    場所を表す前置詞      's(所有格)  
    職業を表す名詞    色を表す形容詞  
  6   Dr, Miss, Mr, Mrs    再帰代名詞  
    代名詞の主格+be動詞〜の文    副詞too(あまりにも…)  
    疑問符、コンマの使い方 13 曜日を表す名詞  
  7 名詞の複数形(不規則変化)    月の表す名詞  
    一般動詞(3人称単数現在)    固有名詞(祭りの名前)  
    コンマの使い方     副詞(after, before)  
    疑問詞what     疑問詞(When, Which)  
  8 This/That is, These/Those are     一般動詞(過去形)  
    一般動詞の疑問文と答え方 14 形容詞の比較変化  
    形容詞の比較変化    副詞(so)  
      be動詞の疑問文と答え方  
  15 現在進行形  
     副詞の比較変化  
      助動詞(can/cannot)  
     不定詞(help+O+to不定詞)  
     be動詞  
     疑問詞(Who/What)  
  16  固有名詞(祝日など)  
     人称代名詞(所有格)  
     形容詞  
     現在進行形  
 
In Step    
  1A 1B  
  1  名詞(固有名詞含む) 8   一般動詞(3人称単数現在)  
  2  名詞の単数、複数 9   形容詞  
  3  名詞の性(father/motherなど) 10  場所を表す前置詞  
  4   this/that, these/those 11  一般動詞(3人称単数現在)  
  5  人称代名詞(主格) 12  疑問詞(When/Which/Why/How)  
  6  人称代名詞(目的格) 13  副詞  
  7  疑問詞(Who/What/Where) 14 一般動詞の過去形(規則変化、不規則変化)
 
Celebrate English!    
  1A 1B  
  1  名詞の複数形 4  固有名詞(人名)  
     文末のピリオド    文中での会話の表し方(""等)  
     文頭の大文字    過去形(規則変化、不規則変化)  
  2  形容詞 5  形容詞(Unit3の復習を含む)  
     一般動詞(進行形) 6  名詞、代名詞の単数、複数  
     人称代名詞    There is/ There areの表現  
     場所を表す前置詞    感嘆符  
     be動詞の疑問文  
  3  集合名詞(動物の集団)  
     形容詞の比較変化  
     一般動詞の疑問文と答え方  
     文末のピリオドと疑問符  
     Yes, Noの後のコンマの使い方  
 
Treks    
  1A  1B  
  1   名詞 7   一般動詞の第一文型(主語の単数、複数)  
      人称代名詞(主格) 8  形容詞  
  2   一般動詞(現在形)    人称代名詞(所有格)  
      不定冠詞 9  be動詞の過去形  
      This is/ That is〜.の文     一般動詞の過去形(規則変化、不規則変化)
  3   定冠詞    時を表す前置詞  
      These are/ Those are〜.の文 10 名詞の複数形、不加算名詞  
       be動詞の否定文    any/some  
  4   一般動詞(3人称単数現在)    疑問符、感嘆符、ピリオド、コンマの使い方  
     助動詞can/cannot     11  一般動詞(have/has)  
  5   疑問詞(Who/Where/When/What/Why/How)     場所や時を表す前置詞  
        一般動詞の過去形(規則変化)    現在進行形  
  6   形容詞 12  be動詞、一般動詞の過去形  
     順序を表す副詞     未来をあらわす be going to  
     場所を表す前置詞    一般動詞

 


 

2007.3.6 更新


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