シンガポール放浪記 2001秋

 毎年恒例となった私の「秋のシンガポール行き」。その表向きの理由は「文献購入」。特に日本でいう白書のような統計資料の最新版を購入する事。
 では、実際のところ何が目的かというと、「五感でシンガポールを感じたい」ってところでしょうか。シンガポーリアン達のパワーを感じたい、また、街並みが一年間でどれだけ変化したかそれをこの眼で見てみたい。これが本当の目的です。

 なお、この正編とは別に爆笑、爆裂、最悪、最低の”番外編”もあるのですが、個人の名誉に関わるので!?HP上での公開は断念します(^_^;)
 
 またいたってまじめに書いたこの旅行記ですが不快に思われる箇所もあろうかと思います。管理人HIROとしてはシンガポールの別の側面として受け止めてもらえればと思います。

旅のプランニング

 これで5回目のシンガポ−ル。これまでは駐在員としてシンガポ−ルに住んでいた親戚のコンドミに滞在させていだいていました。そのためいつも格安航空券のみ購入。時期により変動があるものの価格的には国内線、国際線共に全日空を利用で7万円前後でした。この額を知人に教えると「国際線に乗っても意外と安いんだね」と驚かれるほどでした。親戚が日本に本帰国したため、今回は「格安航空券+ホテル」で手配しようと思っていたのですが、予約をしようと思っていた9月上旬、偶然ある旅行会社の新聞折り込み広告が入りました。それを見ると私が希望している出発日でも6万2千円!しかもホテルはANAホテル指定!!通常、格安パックならオ−ルソンホテル同等クラスとなるところです。これは安い!!!となり、詳しい日程を見るとシンガポ−ルでの一日目に市内観光が付き、その日の夕方と翌日は完全にフリ−となるとのこと。
 正直なところ市内観光なんてどうでもいいというのが本音でしたが、私の目的を達成するには半日も自由時間があれば十分なのでこのパックで行くことに決めました。旅行会社に入金した翌日があのテロ事件が起こった日でした。私自身もちょっぴり飛行機が怖く思えましたが、それ以上に心配性の実家の両親が不安に思うんだろうな・・・と考えましたが既にキャンセル料が発生する時期なので取り止めることはしませんでいた。
  


札幌からシンガポールまで(1日目)

・札幌から千歳空港まで・・・高速の追い越し車線を走行中に覆面パトカ−を追い越してしまった位!?で特記事項なし。   

・千歳空港−関西国際空港・・・いつもより金属探知機の感度が上がっているのがはっきり判りました。私は大丈夫でしたが検査に引っ掛かる人が通常の数倍でした。

・関西空港−チャンギ国際空港・・・はじめて乗る767−300ER。767というとWTCに衝突したあの機種です(あれは200ですが)。これまで関空からの便は平日は最新鋭の777。週末のみ747LRという機種を用いていた全日空ですが、一年間搭乗しない間に一回り小型の767に変更されていました。事前にネットで調べ分かっていた
とはいえ、777で好評のシ−トテレビはもちろん、フットレストや可動式ヘッドレストのないシ−トにはがっかりです。
 離陸後、「シンガポ−ルに近づくにつれ台風の影響で揺れることが予想される」との機内放送がありました。その時は、まさかあれほどの揺れになるとは予想だにしませんでした。
 途中、機内食でシ−フ−ドを選び(カレ−味だったのが後で悲劇を生むことに)、映画ドクタ−ドリトル2を見たりして「暇」と格闘。いつもはここでウトウトしだす私ですが、今回はそんなわけにいきません。そうなんです。ベルト着用サインが出て、客室乗務員も着席。実際、しだいに揺れる頻度が高くなりました。で、着陸30分くらい前になると揺れというよりもジェットコ−スタ−のあの感じの連続。実は私、乗物が大の苦手。絶叫マシンはもちろん、他人の運転する車やバスもダメ。そんな私が揺れる飛行機に乗ったら・・・しかも直前にカレ−を食べてしまった。
 飛行機の高度が次第に下がっていくにしたがって、私の食べたものがどんどんと喉元へ上がってくるもう出る!じゃなかったもうダメ!という時、大きめの衝撃とともにやっと着陸。
 ほっとしたのも束の間。歩けませんでした(笑)。CAの方にお水をいただいたりしてやっと立ち上がったときには他の乗客は誰もいませんでした。 
 シンガポ−ル到着後は迎えの車に乗り込み(一応おベンツ様でした)、同じパックで参加している他の女の子たちと始めて合流。明日の集合時間や日程などの確認が済むころにはANAホテルに到着しました。するとどうでしょう。先程お世話になったCAの方々がもう既に到着しているんです。お互い「あら!」という感じ。先程はどうもお世話になりました。

 追記(深夜のオ−チャ−ドタワ−にて

 チェックイン後、すぐに寝るのはもったいない。折角シンガポ−ルに来たのだからと「
夏服」に着替え、深夜のオ−チャ−ドに繰り出してみました。時間が時間なだけに人気が全くといっていいほどない・・・というのはオ−チャ−ドタワ−まで。オ−チャ−ドタワ−には若者がいるはいるは。人種、民族を問わず沢山の人達がいます。その人だかりを避け、隣のセブンイレブンの地下にあるフ−ドコ−トを覗いてみると深夜1時をまわっていましたがまだ営業中でした。お腹は空いていませんでしたが、麺類好きな私はス−プをすするべくfish ball nudle を注文。 食べ終わっていざホテルに戻ろうとすると雨が降ってきました。かなりの強さのため( かの地では日常茶飯事ですが) 雨宿りをしていると、怪しい日本語を話すおじさんが次から次に話しかけてくるんです。
 もちろん
売春婦の斡旋です。「チュウゴクオンナイランカ? 」、「キンパツオンナイランカ? 」と。ただ雨宿りをしている旨を英語で伝えても別のおじさんがやってくる。斡旋だけではなく、フィリピン、タイから来たとおぼしき若い女性たちがにっこり微笑んでくる。
 正直言うと、夜のオ−チャ−ドタワ−のこのような噂はネットなどから
既に知っていました。またそれを実際にこの眼で見てみたいと思っていました。ですが、その数の多さや開けっ広げで直接的なその様子を見てショックを受けてしまいました。また次から次にやって来るタクシ−に、その女性と彼女を「買った」男たちが乗り込んでいく。
 雨が止みそうになく、結局タクシ−に乗った私。もちろん
同伴者無しで。ホテルに着いたあとも先程の光景を思い出し中々眠ることができませんでした。

 私の好きな国シンガポ−ルもやはり
東南アジアの一国だと改めて認識した日でした。


一週間しかたっていないのによく覚えていない2日目(笑)

 ホテルに深夜2時ごろに戻って、やっと眠りについた3時ごろ何と
間違い電話。英語でなにか言っている(^_^;)。状況が分からないまま適当に受け応えしやっと眠った5時過ぎに「悲劇」。誰かのせいで目覚ましのアラームがなるんです(これが2日目も・・・怒り爆発!)。メールを読んだ人のみ分かる謎としておきます。
 ほとんど寝ていないまま一階のカフェでコーヒーとサラダだけ軽く食べ集合時間の9時にロビーに行くと・・・。

ガビーン(ーー;)
 
 他のツアー参加者の女の子達が
今日の観光をことわっているんです。観光の破棄は出来ないはずなのに・・・でも、ガイドのおじさんはOKをだしているし(ーー;)。まあ、おじさんにしてみれば誰か一人でも犠牲になって連れて行けばノルマを達成出来るのでしょうけど(泣)
 で、この後連れて行かれた場所は、植物園、マーライオン、DFS、皮製品店、シルク専門店、貴金属専門店等。30分から90分は一箇所に
拘束されていました。ガイドのおじさん曰く、「入った時間と出た時間をチェックされているんですよ」。もちろん私は辛抱の一言。だって同じものがラッキープラザなら半額以下で買えるし、その前に宝石なんて買ってもまさに「豚に真珠」だしね(笑)
 まあ、現地の代理店に完全に委託しているツアーであり、現地代理店はお土産屋からバックマージンを受け取っているからこのような安価なツアーが成立するのでしょう。最初から分かっていたとはいえ、やはり
時間の無駄だったな〜と日本に帰ってきてからつくづくそう思います。
 で、4時過ぎにやっと”観光”が終わり、私の希望通りMRTの駅近くでおろしてもらいました。てっきり私の頼んだ
City Hall駅近くだと思い、歩き出すも一向に見慣れた景色にならない。それもそのはず。だってブギス駅のところで降ろされていたんです。それに気がつくまで30分は歩きました(笑)その後City Hall駅近くの「MPH」という老舗書店で今回の旅の大きな目的であった昨年行われたセンサスの統計資料を入手。ついでにシンガポール関連の本を数冊購入し大満足の私(^.^)
 気持ちに少し余裕ができ、今度は生徒に買ってくるように
頼まれていたCDを探すことに。ある日本人歌手がアジア地区限定で発売しているCDとのことで、とりあえず一番大きそうなHMVに向かうことに。サマセット駅近くにあるのですが、ちょっとした用事をたすために一つ手前のドゥービーゴート駅で降りる。それから目指すHMVまで歩いたのですがやはりあの湿度と気温の中で歩くと体力の消費がとても早い。しかもあのHMVですら目的のCDを扱っていませんでした。そこで途方にくれる私。「ほかに大きなCD屋ってどこにあるの?」と。
 仕方なく店を後にし、とりあえず毎年覗いてみるオーチャードの
紀伊国屋に向かうことに。ここは東南アジア最大を謳い文句にするだけあり専門書も多く取り扱っています。言語学と東南アジア関係の売り場をざっと見て回ったのですが、一年前に比べどちらも売り場が縮小されていました(^_^;) またしても疲れがどっと出てしまいました。ただ、日本語学習の本の売り場が拡大されていて、若者たちが熱心に品定めをしていました。このお店では一冊だけ興味を持った本があったのですが、明日また来ることにして何も買わずに店を出ました。時間的にはすでに7時近くになっており、お腹もすいたし、それ以上に早くシャワーを浴びてすっきりしたくなり、オーチャードのセブンイレブンで弁当(と、いってもローカル色の濃いものです)とシンガポールにきたら必ず飲む"100plus"等を購入しタクシーでホテルに戻りました。
 
 ホテルに戻り、食事をとったり購入した文献をパラパラめくりながら翌日の予定を決め早めに眠ることにしました。(実は、買った弁当に日本で醤油をかける感覚で、ついていた”タレ”を全部かけたら
激辛でした。はいそうなんです。タバスコをたっぷりかけてしまったんです)

 ちなみにその日も
夜中に間違い電話。しかも2度も(^_^;) そして5時半のアラーム。なんでそうなるの!!


勘違いから始まった3日目帰国まで

 翌朝10時に、眠い目をこすり、歩き疲れてガタガタの老体!?に鞭を打ちながら、目的の店の一つ「セレクトブックス」に向かいました。ANAホテルから近いのでとても便利だと思っていたんですが、実は私の大きな勘違い。政府刊行物を多く扱うお店と言う情報を入手していたので、張り切って向かってもお店自体がないんです。それもそのはずです。お店があるのはタングリンショッピングセンターの3F。私が探していたのはタングリンモールの3F。どちらもタングリンロード沿いにある専門店街。完全に間違っていた私。10数分後、自分の間違いに気が付き、苦笑しつつ目指すセレクトブックスに向かいました。で、またしても、

ガビーン(ーー;)

日曜日は
休業日(T_T)・・・今日、もう日本に帰るんですけど・・・(泣)。この時点で「今日はついていないぞ」と悟る。ですがまだまだ午前中です。悔しさをバネにして一路「チョウさんの店」へ(笑)。ここは、駐在員の方なら一度は利用するお土産屋さん。とても安く購入出来るのでいつも立ち寄るのですが、行く順番を間違えた(笑)。
 オーチャードにはもう戻って来ないだろうという想定で早くも
両手一杯のお土産品。シルク製品やお菓子中心なので重たくはないけど邪魔(^_^;)。
 その後、昨日も行った紀伊国屋や”
大衆”で本を購入したり、それと同時に生徒に頼まれたCDを探してみる。ですが以外とCDショップが少ないんですよ。あったとしても小ぢんまりした感じの「CD屋さん」って感じです。この頃になると日光直撃のまさに炎天下で、身体もふらふらで頭がボーッという感じでした。
 実際、やっと
「CD」という文字を見つけCD屋だと思い入り口近くまで行ってみると、完全に場違いクリスチャン・ディオール(Christian Dior)の専門店(笑)。CDなんてイニシャルにしているので間違ってしもうた(^_^;)
 また、3年前から購入したいと思っている本があるのですが、どこの書店に行っても、Sorry, We don't have this title.という答えしか返ってこないんです。政府刊行物なのでやはりマイナーな物のようです。余計セレクトブックスに行ってみたくなったのですが定休日ではどうしようもない。そこで残り半日はCDを探して歩く事にしました。2年前偶然入ったショッピングセンター内にわりと大きなCD屋があったのです。しかも日本人物が多く扱われていました。それを思いだし一路ブキバトクヘ!もちろんMRTで行くのですが、久しぶりに国の北半分をぐるっと回るNorth-South Lineに乗る事にしました。乗り換えの必要も無いし、のんびりと車窓を楽しみたいという気持ちもありました。
 この路線は初めてシンガポ−ルに来た翌日、
MRT途中下車の旅と称して丸まる一日がかりで乗車した思い出の区間です。イーシュン駅付近のHDB群は何度見ても「凄い・・・凄すぎる」という言葉でしか言いようがないほどです。一体この地区だけで何人が住んでいるのでしょう。にもかかわらず、沿線では新しいHDBがどんどんと建設されています。この国の人口増加率を考えると必然なのかもしれませんが、過疎に悩む北海道の片田舎出身の私には信じられないかぎりです。
 また車内で、恒例の「
ウオッチング」をしてみました。なんてことはなく、親子連れや若いカップルが何語で会話しているか、或いは携帯に電話がかかってきた時に何語で話しているかを耳をダンボにして聞いてみるというものです。意外な発見が多く次のテ−マを決めるきっかけの一つになっています。 
 そんな感じで時間を過ごしやっとブキバトクに到着。真先にCD屋に向かったのですが、またしても、

ガビ−ン(ーー;)

そのお店は
VCD の専門店になっていました。しかも中国語で書かれている文字を漢文のように解読すると、閉店セ−ル、あるいは在庫一斉処分セ−ルのようです。せっかく来たので必要がないとはいえ私もVCD を購入しました。一枚僅かS$1.5。ドラえもん、トムとジェリ−、ポパイ。中国語と英語の音声の切り換えができるので、いつか授業で使えるかもしれないので・・・と言いつつ自分が見たかっただけという話も( 笑) 。ここのフ−ドコ−トで食事をとり、取り敢えず" 大衆" も覗いたりして時間を潰したのですがまだチェックアウトの18時まで時間があります。とはいえ両手一杯のお土産を持ったまま歩き回る訳にもいかず一度ホテルに戻ることにしました。今度は East West線に乗ったのですが、いつ見てもJurong East 駅の乗り換え時の効率の良さには「さすが」と唸らずにはいられません。 詳細はいつかHPで写真付きでアップします。その後、ホテルでシャワ−を浴びたり荷造りをして時間をすごし、一度チェックアウトした後、集合時間まで近くで時間を潰すつもりでしたが、幸先のよい!?始まりだったこの日の私。順調に行くわけがありません。これについても番外編を読んだ人のみ分かる謎としておきます( 笑) 。
 帰りも行きと同じ767 に搭乗し、疲労のためわりと早く眠りにつくことができました。搭乗後のアナウンスでは台風の影響で
揺れることが予想されること、到着時間が30分ほど遅れる旨が伝えられました。途中、目を覚ましたときにflight navigation を見てみるといつもの台北付近ではなく、マニラ上空を飛行していました。ここまでは良かった。綺麗な朝日を見つつ、朝食を食べたり、トムとジェリ−の機内放送を見ていると、「フォン」という大嫌いのあの音とともにベルト着用サインが点灯してしまった。まさか往路のあの揺れが・・・しかもまた食後じゃん・・・( 涙) 。揺れました。一度目の着陸態勢の時は雲の中に入ったと同時にグワ−ン、グワ−ンというジェットコ−スタ−状態。で、極めけが「キャ−! 」という女性客の悲鳴と共に自分の体が完全にシ−トから浮き上がってしまった。天下のレカロならもっとしっかりホ−ルドしてよ(←無理無理) 。 
 用意のいい私は
座席前の紙袋をいつでも使用できるように握りしめ、足を踏ん張っていると、飛行機が加速しだしました。あれ?あ、上昇している!!初めての体験です。その後チ−フパ−サ−と機長から状況説明がありました。関空付近の大気の状況が不安定なため着陸を断念すると。燃料は十分にあるので30分後再び着陸します・・・と。その後淡路島上空をぐるぐると旋回していたのですが、窓の外を見ると他にも数機旋回している。やっと気流が安定したころCAの方が安全確認に来ました。すると隣に座っていた男が、「すみません。オレンジジュ−ス下さい」という能天気なことを言っている。CAも一瞬あっけにとられた後、「ありません!」という当然に答え。また、彼は旋回すれするほど飛行距離が長くなりマイレ−ジがたまる!!と喜んでいました。  
 その後やっと再着陸となったのですが、結局は先程と同じ結果に。高度が下がりそろそろ滑走路が見えるという段階になって
また上昇(T_T)。この時はどっと疲れがでました。もう一時間も旋回しているんです。また、国内線に乗り換える時間がどんどんと少なくなっています。燃料の心配ではなく、乗り換えの事ばかり心配になってきました。
 そしてさらに30分後。最初の着陸断念から1時間30分も経過したとき。チ−フパ−サ−の放送が流れました。「
大変揺れることが予想されますが、当機は再び着陸態勢にはいります」と。3度目の正直という言葉どおりやっと着陸できました。オヤジギャグ的に言うとやっと地に足が付いた感じです。窓の外を見ると次から次に着陸する飛行機が続きます。日頃からこれくらい混み合うと関空の赤字も解消されるのでしょうに・・・。
 さあここからが大変。残り30分です。例のごとく
人相の悪い私は税関で人一倍時間ががかかってしまう(笑)。まあ、去年のようにボディ−チェックされることが無かっただけでも良しとします。 
 結果的には到着便の大幅な遅れのせいで出発便も全般的に遅れており無事千歳行きに搭乗することができました。この時間帯は悪天候のため
南海電鉄も運行を一時中止していたらしいです。まだ20数回しか飛行機に乗ったことがないのですが、往復共にとってもいい?体験をするこができました。

 
教訓 悪天候のときは機内食は食べない!