4.
教育制度〜英語教育を中心に
4-1.複線型教育制度
4-2.学校教育における英語の割合
4-3.国民の学力〜IEAによる国際比較の結果などから
この章の参考文献
4-1.複線型教育制度
シンガポールは英語教育の先進国として有名であるが、綿密に考えられた能力別教育の先進国でもある。その効果も、4-2.国際比較の結果で考察するように具体的な数値としても目に見える形で明らかになってきている。
図4.1 シンガポールの教育制度
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|
出典:Ministry
of Education HP(http://www.moe.gov.sg/index.htm)
上の図で、PSLE、GCE-N-LEVEL、GCE-A-LEVEL、GCE−A−LEVELと黒くなっているところが学力別の選別(streaming)であるが、これに加えて、P4(Primary4:小学4年生)終了後にも言語教育の内容、レベル別に3つのコースに分かれることになる。これが、シンガポールの教育制度を語る上で欠かすこのできない能力別教育制度である。各人の能力に合わせ適切なレベルの教育を提供するのを目的としているのだが、この制度は同時に「エリート養成」をも意図している。政府自身も「人的資源は唯一の資源である」としばしば述べている。ここでは複線型教育制度についておもに言語教育を中心に取り上げて考えていく。
まず、教育言語について。現在シンガポールの全ての公立校は英語校であるが、表からもわかるように、かつては非英語校への進学割合も高かった。しかし、1970年代に入りにこれが激変する。その大きな要因として考えられるのが私立南洋大学の興亡である。華語教育を目玉として1956年に中国系有志による寄付を元手として設立された南洋大であったが、「華語教育は共産分子の温床となりかねない」と危惧する政府の圧力によって閉校を余儀なくされ、1980年に最後の卒業生を送り出しその短い役目を終えた大学である。華語校における生徒数の減少はこの南洋大学の衰退に一致する。つまり、華語教育の行く末を案じた中国系の家庭がその子弟を英語校に入学されたのだ。その結果、「政府は1984年度の新入生が華校で1%に満たなかったことを理由にして1987年度からはすべての小学校を英校とすることを宣言した」(大原1997:72)。
この英語校では各民族語と道徳の授業は4つの公用語で授業が行われるが、それ以外の科目は全て英語で授業が行われている。小学校4年終了時に最初のコース分け試験が行われる。そのコースとは成績が高い順に以下の3つだ。また括弧内はそのコースの進学者の割合である。
EM1: English at 1st language level,
Mother tongue at 1st language level. (約10%)
EM2: English at 1st language level,
Mother tongue as 2nd language level. (約70〜75%)
EM(Oral): English at 1st language
level, Mother tongue at Oral level. (約15〜20%)
(池田1993:65)
このように現在では全てのレベルにおいて英語が第1言語レベルとされている。1991年度まで採用されていた従前の教育制度では、成績不振者のための「単一言語コース」も用意されていた。このことから現在の教育制度がさらに英語重視になったことが明らかになる。家庭における英語使用の割合も今なお高まる一方だが、それもうなずける結果である。
表4-1 言語別児童数比率の推移(小学校)
媒介言語
|
英語
|
中国語
|
マレー語
|
タミール語
|
1965
|
56.6
|
35.1
|
7.9
|
0.4
|
1970
|
63.5
|
31.7
|
5.5
|
0.3
|
1975
|
71.3
|
27.4
|
1.2
|
0.1
|
1980
|
84.5
|
15.3
|
0.2
|
0.0
|
1985
|
96.3
|
3.7
|
0.0
|
−
|
|
4-2.
学校教育における英語の割合
前節でも触れたように、現在、シンガポールでは全ての公立学校が英語校になっている。英語校では道徳と母語をのぞいて全ての科目で英語が教育言語として用いられている。1992年より実施されている現行の教育制度の下では、小学校4年生までの授業を平均すると、英語が32%、母語に26%、算数20%、その他が22%という比率になっている1)。英語の授業に加え算数や理科などの授業も英語で行われており、合計すると73%もの授業が英語で行われていることになる(池田
1993: 66)。ちなみに、これを他国と比較すると、以下の表4-2aのようになる。
また、GDPの大幅な増大や平均所得の増加の結果、この10年でシンガポールの就学率が大きく上昇し、同時に高学歴化も進んだことが表4-2bから読み取れる。現在、25歳から34歳の若い世代において無学歴の者は僅か4.3%であり、残りの95%は最低でも小学校で正式な英語教育を受けたことになる。このような教育制度に加え、2.言語環境や5.Speak Good English
Movementで考察した言語政策との相乗効果の結果、現在のシンガポール国民の英語力は世界的に非常に高いものになっているといえよう(次節参照)。
表4-2a 初等教育における言語カリキュラム時数の比較(%)
|
ドイツ |
日本 |
シンガポール |
ワーキング・ランゲージ※ |
29 |
31 |
33 |
第二言語※※ |
0 |
0 |
27 |
算数 |
21 |
19 |
20 |
その他の科目 |
50 |
50 |
20 |
ワーキング・ランゲージ使用率 |
100 |
100 |
73 |
※日本、ドイツは母語、シンガポールは英語
※※第二言語はシンガポールの各民族語の授業。
(道徳の時間も含む各民族語で教えられている)
出典:
池田(1993)
|
表 4-2b
最終学歴の状況 (15歳以上) (%)
|
25-34
|
35-44
|
45-44
|
|
1990
|
200
|
1990
|
2000
|
1990
|
2000
|
Total
|
100.0
|
100.0
|
100.0
|
100.0
|
100.0
|
100.0
|
No
Qualification
|
12.2
|
4.3
|
23.9
|
9.7
|
49.7
|
19.8
|
Primary
|
31.2
|
14.1
|
35.2
|
27.1
|
27.4
|
32.7
|
Secondary
|
36.9
|
25.7
|
26.3
|
30.9
|
13.6
|
26.1
|
Upper
Secondary
|
7.6
|
20.6
|
7.0
|
15.1
|
4.6
|
12.5
|
Polytechnic
|
4.6
|
109
|
2.4
|
4.7
|
1.2
|
2.1
|
University
|
7.2
|
24.4
|
5.2
|
12.4
|
3.5
|
6.7
|
出典: Census of
Population 1990, 2000
|
4-3.国民の学力〜IEAによる国際比較の結果などから
前節までで明らかになったように、現在のシンガポールの教育制度では英語が非常に重視されている。これらの結果、TOEFL受験者の平均点がアジア諸国の中でも常に上位に位置している(表4-3a参照)。もちろん受験者の人数や受験者の“層”の違いなど考慮しなければならない点も多いが、日本との差が100点もあるという現実は無視できないだろう。
表4-3a アジアにおけるTOEFL受験者の平均点(1996)
順位 |
1
シンガポール |
2
ブータン |
3
インド |
3
フィリピン |
5
中国 |
23
日本 |
平均点 |
597
|
584
|
579
|
579
|
555
|
496
|
受験者 |
1209
|
36
|
30651
|
4490
|
73206
|
15204
|
|
このように、シンガポールの教育を語ると必ず「英語重視なのだから英語が得意なのは当然のことである」といった反論を耳にする。もちろん英語力が高いのなら、その反論が正しいのだが実際はどうであろうか。次の表4-3bを見て欲しい。これはTIMSS(The
Third International Mathematics and Science Study)として知られる1994年に行われた国際比較の結果である。
表4-3b 国際教育到達度評価学会(IEA)による調査結果
括弧内
平均得点
|
数学
|
理科
|
|
シンガポール
|
日本
|
シンガポール
|
日本
|
小学3年 |
2位(552) |
3位(538) |
7位(488) |
2位(522) |
小学4年 |
1位(625) |
3位(597) |
7位(547) |
2位(574) |
中学1年 |
1位(601) |
3位(571) |
1位(545) |
4位(531) |
中学2年 |
1位(643) |
3位(605) |
1位(607) |
3位(571) |
(http://timss.bc.edu)
|
ほぼ全ての学年、教科で上位を占めているのが明らかになる(ちなみに小学3、4年の理科で一位をとったのは韓国である)。母語方言ではなく英語で授業を受けているのにも関わらず、このような素晴らしい結果になっている。
この理由として以下の2つ理由が考えられよう。まず、教育制度や教育内容が綿密に考えられた非常に効果的にものになっているの、ということだ。これには能力別にコースが分けられる複線型の教育制度も含まれる。2つ目は、生徒個々人の英語力が高度なため、英語が教育言語であっても充分な理解が可能になっている。ということだ。道を歩くと標識は全て英語。家庭での英語使用の割合も増大している。そのような環境で育てられた子供たち。英語に対するハードルが非常に低いのではないだろうか。
なお、現行のシンガポールの教育制度では小学校1,2年次には理科の授業が行われていない。これが小学3,4年で理科の成績が振るわない理由の一つとして考えられる。
この章の参考文献
池田充裕(1993)「シンガポールにおける1991年『初等教育改善案』の分析」『比較・国際教育』第一号:53-72,
筑波大学国際教育学研究室
大原始子(1997)『シンガポールの言葉と社会』(三元社)
Census
of Population 1990― Literacy, Language Spoken and
Education, Lau Kak En(ed.), Singapore Department of
Statistics, 1993
Census of Population 2000 Advance Data Releace,
Leow Bee Geok(ed.), Singapore Department of
Statistics, 2001
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