アジア6+1ヶ国周遊記 2008夏
〜台湾・香港・ベトナム・インドネシア・シンガポール・マレーシア+30分だけ中国&2時間だけ仙台〜
2008.7.28〜2008.8.7

はじめに   7月28、29日  7月30、31日   8月1、2日   8月3、4日    8月5、6日   8月7日 


5日目 
 
前夜、私にしては早くベッドに入ったせいか、ベトナム時間で4時、日本時間で6時には目が覚めました。この日の午前は完全にフリー。チェックアウトも11:30。もう一度町に出るのもいいですよ、ガイドにはそう言われていましたが、昨夜涼しくなった頃を見計らい、夕涼みのために町を歩いたのでその必要もありません。

 そんなわけで、ほとんど進んでいなかったこの旅行記の打ち込みを一気に3日目まで終了させ、恐ろしくたまっていたEメールもすべてチェック。100通以上もメールが来ていましたが、そのほとんどが多数登録している、アンケートに答えてポイントを集めよう!系の広告メールです
←1年にしたら結構なお小遣いの金額になるんですよ〜。」

 朝食を食べ、
NHKのワールドニュースを見て休んでいるとあっという間に11:00に。ちょっと早めにチェックアウト。巨大なホテルですが、チェックアウトするとき、スーツケースは部屋の前においておくだけでいい、そう言われていました。前日もそうだったのだけど、そのときはすぐ近くにポーターのお兄さんがいたので安心してお願いできました。だけど、今日は時間が遅めなこともあり誰もいません。さすがに荷物を放置するのは不安なので、宿泊階は3階だったけど、エレベーターなしのホテルだったので気合で下まで運びました←下の階まで運んだときに、従業員が「この場所でいいよ。後は運ぶから」と言ってくれました。チップをもらうためなのでしょうが、必死な様子が伝わってきます。

ベトナム料理というより、中華料理に近い印象を受けました。ホイアンという土地柄?!

 チェックアウト後、車で5分ほどの場所に移動。さっき朝食を食べたばかりだけど、もう昼食の時間なのです。本来は午前にミーソン遺跡、午後にホイアン観光なのだけど、前述のように昨日のうちにホイアン観光を済ませていたので、この日はいきなり食事からスタートです。残念ながら、疲れもありまったく食べるき気にはなれませんでした。

 食事後、再び車に乗り込むと
スコールが降ってきました。東南アジアらしい激しい雨が。車は70キロ離れたミーソン遺跡に向かっているのですが、遺跡は山の中、いや、ジャングルの中にあるんです。それなのにこの雨。幸い、ミーソン到着の少し前にやんだけど、空には多数の積乱雲が発生しています。これがこの日の晩の前兆だったのかもしれません。

ミーソン遺跡はこのようなジャングルの中にあります。

 世界遺産にも登録されているミーソンの遺跡は、カンボジアのアンコールワット同様にジャングルの中にひっそりと隠れているヒンズー教の寺院でした。よくもまあこんな人里離れた山の中、しかもうっそうと生い茂るジャングルの中に建設したものだと感心しました。そして、埋もれていたこの遺跡を発見したフランス人もすごいな、そう思ったのが第一印象です←今観光客が訪れることができるのは一部で、遺跡全体の周囲は約2キロに及び、遺跡建造物も、70ヶ所存在するとのことです。

このようなうっそうと生い茂る木々の中を進んでいきます。

 第二印象は、同じヒンズー教の遺跡であるアンコールワットに似ていると言うより、「東洋のモナリザ」で有名なバンテアイスレイに色やデザインが似ているように思いました←帰国後に調べたら、ミーソン遺跡はチャンバ王朝により4〜13世紀に建設され、バンテアイスレイは10世紀ジャヤバルマン五世が建てたとのことでした。

左、絵葉書でよく見る構図ですね。中央、他のアジア諸国の遺跡同様に首から上がありません。右、崩れたままの遺跡。

 3つ目の印象。実は、アンコールワットに行ったとき同様、真っ先に考えさせられたことなのですが、「戦争は失うものだけで得るものはない」という感想でした。アンコールワットに行った際は、まず内戦時にワットに打ち込まれた銃弾を目にしました。そして今回。砂利道を歩きようやく見えてきた最初の遺跡は、アメリカ軍の空爆により破壊されてしまっていました。ガイドさん曰く、ベトコンが隠れるために遺跡を利用していたので、米軍が空爆をして破壊したとのこと。旅行中、戦争の爪あとを何度も感じてしまいましたが、破壊された遺跡、爆弾が炸裂したためにできたクレーター状の窪み。そしてその影響で建物全体が傾いている遺跡。しまいには、爆弾そのものが遺跡内に他の装飾物と並んで展示されていました。

全体的な色使いはもとより、このレリーフを見ると
余計に、バンテアイスレイを思い起こしました。

 旅行の前にベトナム戦争の概要を復習していたのですが、ミーソンの遺跡を見ているととにかくいたたまれない気持ちになってしまいました。破壊された建物もそうですが、皮肉なことに、この施設の車として利用されているのは、かつて米軍が残していった軍用のジープなんです。昨年、沖縄のひめゆりの塔や資料館に行き、戦争の悲劇を痛感した私です。あの悲しい沖縄本土戦の後にも過ちが繰り返され、そして今日も世界のどこかで内戦や紛争が続いているのです・・・。

 平和について考えさせられた私。ミーソンの後は再びダナンに戻り、そこから空路でホーチミンに戻ります。皮肉なことに、ダナンの街はかつて米軍が上陸し、そして軍事拠点として空港などを作った街でもあります。確かに発展が続く街ではあるけども、海岸線や山々の姿は今も昔も変わりません。爆撃のためにダナンの空港を飛び立った米軍兵も、今日の私と同じく、綺麗な海を見て、自然にあふれるこの山々を見たのでしょう・・・。

 ホーチミンへの帰りの便は、公式HPでは
成田でエンジンから出火したのと同じB777での運行予定となっていましたが、機材が変更になりA330でのフライトでした。まあ、直前に火を噴いた会社の同じ機材には乗りたくはないですよね、普通(笑)。ホーチミンまでのフライトは約1時間。国内線のため乗客もベトナム人が大部分ですが、マナーの悪さに閉口してしまいました。隣の席のおばちゃんは機内サービスで飲んだ飲み物の残りを床にばら撒くし、反対隣に座っておじさんは、サービスで配られた暖かいオシボリで豪快に鼻をかんでいます。客室乗務員も負けてはいません。飛行機が揺れた際に、靴を脱ぎ裸足になっていたおばさんのサンダルが通路を滑り出しました。普通はそれを手で拾いますよね。だけど、インドネシア航空のCAさんは、それを足で蹴り、近くの席の下にナイスシュート!(笑)

 ベトナムらしい経験を多数した後、強い雨の降るホーチミンに戻ってきました。ただ、ここで問題が。雨のためにタクシーがまったく待っていないんです。国内線ターミナルだからなおさらなのかもしれません。たまに白タクの運転手が寄ってくるけど、$20などと法外な料金を言ってきます。そんな中、タクシー会社の運転手だけど、メーターではなく交渉制で$12でどうだ?と言ってくる人いました。交渉の末$10まで下がったので手をうったけど、いすゞ製のSUVタクシーに乗り込むと、車のセルが回りません。ワイパーなどは動くけどセルだけが回りません。仕方なく、お金を払うのは私なのにそのタクシーを押して押しがけを試みます。だけどSUVだから重いのなんのって。しかも豪雨です。しばらくしてやっとエンジンがかかったときには、手伝ったのに料金が最初の$12まで上がっています。腹が立ったけど、他によってくる白タクはもっと高かったのでしぶしぶ了解
←このとき、私を乗せようとしていた運転手2人が喧嘩を始めました。「こいつは俺の客だ!」と言っているようだけど、どちらもメーターを使おうとしないのだから喧嘩両成敗です。

 豪雨で相当渋滞していたけど、街まで8キロくらいしか離れていないため、通常20分のところが30分かかっただけでホテルに到着。香港から深夜到着したときと同じホテルです。すると、ポーターのお兄さんが私を覚えていてくれてニコニコしながらたくさん話しかけてくれました。雨で大変だったでしょ?みたいなことを言っているようです。空港からホテルに移動するだけなのにどっと疲れていたのですが、こんな異国の地で、私の顔を見るなりこんなにもにこやかに話しかけてくれるのがとっても嬉しかったです。

 相変わらず、すぐにお湯の出なくなるバスのぬるま湯につかると
(←だって、お湯は最初しか出ないんですもの)、心身ともにすっきりできました。そしてそのままベッドに入り爆睡です。


6日目
 ベトナム最後の朝。時差の関係で3時半には目が覚めました。日本でいつも起きるのは5:30なので、ちょうど同じ時間。だけど、この日は14:50の飛行機でシンガポールに移動する以外、これといった予定がありません。もう2時間くらい寝ても全然かまわない、そう思いながら二度寝に突入。だけど、直後に目が覚めました。私の宿泊階は7階だけど、8階がレストラン。二度寝した直後から朝食の支度が始まり騒がしいんです。支度の次はお客が椅子を動かすギ〜ギ〜という騒音が部屋中に響きます。もしこの、ボンゼンアネックスホテルに泊まることがあったら、7階だけは避けたほうがいいと思います。

サイゴン大教会
キリスト教・カトリックの大聖堂で、聖マリア大聖堂とも呼ばれています。
フランス植民地時代に建設されたもので、アジアらしさが皆無です。

 着替えや朝食も済み、荷物の整理が終わったのが8:45。11:30頃にチェックアウトすれば余裕で空港に到着できるので、とりあえず街を歩いてみることにしました。ベトナム最大の都市なのだから、少しくらい街を歩いておかないとベトナムを語る資格ありませんしね。まずはドンコイ通りに出て、そのまま北上すると中央郵便局サイゴン大教会などがほどなく目に飛び込んできます。そこで左折してまっすぐに歩くと、今度は統一会堂にたどり着きます。一応、訪れた記念、いや証拠のために写真を撮ってまわったのですが、それでもまだ時間は9:30。このまま観光客も多数訪れる ベンタン市場まで歩いていっても余裕で11:00までにはホテルに戻れます。だけど悲しいかな、この日の天気も曇り空で、時たま雨がぽとぽつと降ってくるあいにくの天気。折り畳み傘を持っているとはいえ、ホテルからそれなりに距離にあるベンタン市場まで歩くと、万が一の時に悲劇が待っているので、今回のホーチミン観光はこれで終了することにしました。香港からの便が大幅に遅れたり、大雨でタクシーに乗れなかったりと、ホーチミンとは縁がないのかもしれませんね。

左、中央郵便局。統一会堂(トンニャット宮殿)。どちらもフランス植民地時代の建造物です。右、すさまじい数のバイクです。

 予定通り11:30にホテルをチェックアウトし、ホテル前に止まっていた「メーター」と表示のあるタクシーに乗り込みました。メーターの初乗り運賃もOKのです。しっかりメーターも動いています。いや、動きすぎています!?そうなんです。このタクシーのメーターには手が加えられているようで、通常ほぼた倍の速さで数字が変わっていきます。そういえばメーターの位地がシフトレバーで隠れる見えずらい場所についています。「またしてもやられな!」と思ったけど後の祭り。冷静を装い、「ベトナムドンを使い切って持っていないから、US$で支払いたいのだけど料金交渉しない?」と言ってみた私。最悪、この場所までの金額を払い下車しても良いと思っていましたし。すると苦笑いする運転手でしたが、$7なら良いよ。とのこと。3日前正しいメーターで走ったときに多めに払わされた金額と同額にまで下がりました。もちろん、これで手をうちました。危ない危ない。
 
  空港には12:00には到着してしまいましたが、何もすることがないので早々とチェックイン&出国を済ませました。悲しいかな、タクシー代として残ていたベトナムドンが20万ドン以上もあるため、そのお金でお土産を購入。足りない分はUS$で補充できました。この空港も日本のODAで建築れたものですが、まだまだテナントの空きスペースも多く、暇つぶしをするには厳しい空港です
←無線LANで、タイ国際航空のラウンジとのものと思われる電波拝借できたのは助かりましたが(笑)

 おなかも減り、最後のベトナム料理と考えて利用したファーストフードのお店。US$6の麺に、US$3のミネラルウォーターというありえない金額。頼んだ商品が出てきてさらに驚き。だって、お湯をかけるだけのカップラーメンだったんですもの(笑)

パスタとお魚をチョイス。だって、もう1つはチキンなんだもの^^;

 ほぼ定刻どおりに出発したシンガポール航空の便。ベトナム航空やユナイテッド航空に乗った後なので、室内の装備品の新しさや、CAさんのサーヴィスまで、そのどれもが「さすがSQは違うよな!」と思ってしまうものでした。機内食もしかり。1時間半という短い搭乗時間でも、しっかりとホットミールがサーブされました。

 定刻よりちょっぴり早く到着したチャンギ国際空港。そして、2年ぶり、10回目のシンガポール。ただ、今回は初めて利用する、2008年1月にできたばかりの
第3ターミナルに到着です。空港のデザインは、もう綺麗を通り越して、美しいとさえ思うもの。日本語の案内表示も多数あります←公用語であるタミールの表示はなくても、日本語表示はありました。国内でもマイノリティに属しているインド系住民はどう思っているのでしょうか?

 ホテルまでの移動には、2年前と同様、乗り合いタクシーの
エアポートシャトルを利用します。料金は$9。航空会社のHPなどでは$7と表示されていることが多いけど、それだけシンガポールの物価とガソリン価格が上昇しているともいえます。とはいえ、通常のタクシーで移動すると、曜日や間帯、空港から乗車、などという多くの付加料金が加算され、25ドルほどになるはず。半額以下です。この時間帯は15分間隔で運行ですが、タイミングよく、カウンターで支払いを済ませた直後に出発してくれました。ラッキ〜。

ダブルベッドがようやく納まる狭い室内。スーツケースを広げるスペースさえありません。

 到着したのは、事前に予約していた赤線地帯としても有名な、ゲイラン地区にあるフレグランス・ルビーホテル。ホテルの価格がこの数年で2倍になっているシンガポール。毎回同じ料金のホテルを予約しているけど、その度にホテルのランクが下がっています(笑)。だけど、MRT駅までの距離を考えると、今回のホテルは「寝るだけ」という条件ではリーズナブルなものだといえます。ホテルの中にいる限りは、ですが。なぜこんなもったいぶったは書き方をしているのか。それは、週末の夜だからか、このエリアのいたるところに、個人経営をしている女性が立ち並んでいるんです。数百人はくだらないのではないでしょうか。女性の民族も年齢もさまざまですが、それを求めて集まっている男性の数もそれ以上。すぐ近くのコンビニに水とお菓子たけを買いに行こうにも、無理やり女性たちに手を引っ張られ、かばんを引っ張られ、身動きができないほどです。赤線地帯だったのは知っていたけど、夜間にこんなことになっているとは驚きです。以前、日中にカラン駅近くのおいしい蝦麺のお店に来たときに少し歩いたアリアでしたが、その時には夜の姿を想像すらすませんですた。クリーン&グリーンの政策が有名なシンガポールですが、今回はホテルに到着するなり驚きのあまり言葉を失った私でした。

セブンイレブンで購入した晩御飯。
コンビニの商品価格も日本と同じで、
物価の急上昇を感じてしまいます。

 そんなわけで、近くのホーカーで食べようと思っていた夕食も、客層のすごさ(←買う男と売る女が大部分)に圧倒され、コンビニで買ったアンマンで済ませてしまった小心者のHIROでした。


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